親子〜おやじの子育て in Beijing〜

友情の涙

今度ばかりは「男が泣くな!」
その言葉は出てこなかった。

6歳5ヶ月のちん君が、泣いた。
我慢したけど、最後の最後に、
エレベーターの扉がしまったら涙があふれ出た。

ヨウチン君との「さよなら」の北京の夜は雨だった。

3歳8ヶ月のちん君。
北京現地幼稚園には、もう一人だけ日本のお友達がいた。
それが、半年年下のヨウチン君だった。
中国語どころか、互いに日本語の会話もまともにできなかった。
でも、ヨウチン君がいたから、がんばれた。

引越した後も、互いに同じチーミン双語幼稚園に通った。
園舎こそ別だが、園で勉強していることは同じ。同じ先生から習うこともあった。
時々会っては、同じチーミンズという思いがあった。

互いに4つ違いの妹も生まれた。
あまりにもよく似た環境で、育っていた。

いつの間にか、日本語どころか、中国語でも会話ができる“老朋友”になっていた。

そのヨウチン君が、父ちゃんの仕事の都合で、日本に帰国となった。
最後の夜は、2家族一緒に北京ダックを食べ、マッサージ屋さんにも行った。

雨の中、タクシーに乗ったヨウチン君を見送った。
ヨウチン君の父ちゃんはサーファーだ。
きっと、ヨウチン君もサーフィンをするだろう。
ちん君は自分の「クイックシルバー」の帽子を、
タクシーの窓越しからヨウチン君に渡した。

「日本に帰っても俺を忘れんな」
「日本でがんばれ。いつか、また会う日まで」

見送った帰りのバスの中でも君は笑っていた。
マンションのエレベーターに乗るまで、ふざけていた。

北京で一緒にがんばってきた一番の親友が、日本に帰った。
6歳の友情。
エレベーターで見せたちん君の涙は、
深い友情があったからこそのものだろう。

「別れがあるから、出会いがあるんだ。ヨウチンは日本でまた1からがんばるんだ。
お前も負けんようにがんばれ。離れていても、『あいつががんばるなら俺もがんばる』。
そう思えるのが本当のマブ達や」

父ちゃんの言葉に、オンオン泣きながらうなずくちん君に、
父ちゃんも心の中で、少しもらい泣きをした。

泣き



6歳の君が、初めて見せた“友情の涙”だった。
翌朝、笑顔で元気な声で「おはよう」とあいさつした君が、
昨日よりも少し成長したような気がした父ちゃんだった。

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